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時間をお金で買う時代。

評判のいい皆さんこんにちは!

 

私は子供の頃から「時間」という概念に興味がありました。父親のお古になった腕時計をもらって、秒針が動くのをじっと見つめて「1秒」「2秒」「3秒」・・・と数えていました。単に「1秒」という時間を数えていただけですが、そのトレーニングの甲斐あってか?今でも時計を見ずに60秒間を1秒のズレもなく正確に数えることができます(笑)

さて、今日は時間のことを考えたいのですが話題は飛行機です。

 

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私は移動手段として飛行機を使うことも多いのですが、多くの場合飛行機は座席クラスがありますね。国際線であればエコノミークラスのほかにビジネスやファーストクラスなどの上位クラスがありますし、国内線も名称は異なりますが普通席と上位クラスがあります。

国際線はフライトの時間が長いので上級クラスの快適性は比べものになりませんし、食事やラウンジも文句のしようがありませんね。お値段は高いですが居住空間としての価値も価格相応の感覚はあったりします。

最近気づくことは「国内線」の上位クラスの「価値」が変わってきた、ということです。国内線の上位クラスは価格は軽く普通席の3倍以上しますが、その利用者の多いこと多いこと。

飛行機には機内へ搭乗するときも降りるときも優先してくれる「優先搭乗」というものがあります。幼児連れや妊婦さんや手伝いが必要な方やご高齢の方が当てはまりますが、今は優先搭乗はビジネスマンが圧倒的に多いですね。上位クラスはもちろん、エアラインのプラチナカードを持っていても優先搭乗ができます。それはもうたくさんの方が優先搭乗の列をつくるので、優先とはいっても結局は乗るのも順番待ちです(笑)

f:id:toriosan:20170223222648j:plain(写真は本文とは関係ない場所です)

 

優先搭乗できる上位クラスのチケットやプラチナカードであればチェックインも専用カウンターで待たずにチェックイン、セキュリティチェックも専用レーンなので待ちません。専用ラウンジでゆっくりと静かに待つことができます。そして預けた手荷物も優先的にターンテーブルに出てきます。

国内線のフライト時間は沖縄線を除けば1,2時間程度ですから、東京~大阪線で上位クラスに乗って上空で食事が出ても噛んでいる暇もありません(笑)シートがゆったりしてリラックスできますがそれもうたた寝している時間もなくあっという間に終わります。(笑)

それでもなお多くのお金を払ってでも優先搭乗なのか?それはやはり「少しの時間でも有効に使いたい」という意識が働いている方が多くなったからではないでしょうか?

いつも手持ち無沙汰な人は多くはなく、多忙な毎日を意味のあるものにかえるために「時間をお金で買う」というニーズが増えてきているように感じますがいかがお考えになりますか?

時間をお金で買う時代。

評判のいい皆さんこんにちは!

 

私は子供の頃から「時間」という概念に興味がありました。父親のお古になった腕時計をもらって、秒針が動くのをじっと見つめて「1秒」「2秒」「3秒」・・・と数えていました。単に「1秒」という時間を数えていただけですが、そのトレーニングの甲斐あってか?今でも時計を見ずに60秒間を1秒のズレもなく正確に数えることができます(笑)

さて、今日は時間のことを考えたいのですが話題は飛行機です。

私は移動手段として飛行機を使うことも多いのですが、多くの場合飛行機は座席クラスがありますね。国際線であればエコノミークラスのほかにビジネスやファーストクラスなどの上位クラスがありますし、国内線も名称は異なりますが普通席と上位クラスがあります。

国際線はフライトの時間が長いので上級クラスの快適性は比べものになりませんし、食事やラウンジも文句のしようがありませんね。お値段は高いですが居住空間としての価値も価格相応の感覚はあったりします。

最近気づくことは「国内線」の上位クラスの「価値」が変わってきた、ということです。国内線の上位クラスは価格は軽く普通席の3倍以上しますが、その利用者の多いこと多いこと。

飛行機には機内へ搭乗するときも降りるときも優先してくれる「優先搭乗」というものがあります。幼児連れや妊婦さんや手伝いが必要な方やご高齢の方が当てはまりますが、今は優先搭乗はビジネスマンが圧倒的に多いですね。上位クラスはもちろん、エアラインのプラチナカードを持っていても優先搭乗ができます。それはもうたくさんの方が優先搭乗の列をつくるので、優先とはいっても結局は乗るのも順番待ちです(笑)

f:id:toriosan:20170223222648j:plain(写真は本文とは関係ない場所です(笑))

 

上位クラスのチケットやプラチナカードであればチェックインも専用カウンターで待たずにチェックイン、セキュリティチェックも専用レーンなので待ちません。専用ラウンジで静かに待つことができます。そして預けた手荷物も優先的にターンテーブルに出てきます。

国内線のフライト時間は沖縄線を除けば1,2時間程度ですから上空で食事が出ても食べる時間もあっという間に終わりますし、シートがゆったりしてリラックスできますがそれもあっという間に終わります。

それでもなお多くのお金を払ってでも優先搭乗なのか?それはやはり「少しの時間でも有効に使いたい」という意識が働いている方が多くなったからではないでしょうか?

いつも手持ち無沙汰な人は多くはなく、多忙な毎日を意味のあるものにかえるために「時間をお金で買う」というニーズが増えてきているように感じますがいかがお考えになりますか?

誰のために仕事をしているのか?

評判のいい皆さんこんにちは!

 

仕事は私たちの生活を支える上でとても重要なことですが、「仕事をする」とは生活をするためにお金を得ることなのでしょうか?

もちろんそのために仕事をしていることは事実です。生きるためにお金を得ようと仕事をしています。しかしそれは自分の立場からしたらそうなのであって、その仕事を受けとる立場にある人にとってあなたの仕事とはどのような意味があるのか?に気づかないことも多くあるかもしれません。

「私の仕事」は「受け取る誰か」が存在しています。要するにお客様だということですね。BtoBでもBtoCでもどのような業種だとしても仕事には顧客がいる、ということです。

私の仕事が「私が生きるため」だけに提供されている仕事は、提供されたあとのことは考えられていません。仕事には必ず受け取る顧客がいる、ということを思い出してみると、少し仕事の質が変わるかもしれませんね。

 

私は列車で出かけることが多いのでその場合はJR水戸駅を使うことがしばしばあります。列車に乗る前、降りた後、トイレに行くこともよくあります。そのときに水戸駅構内の男子トイレの洗面台に、明かに手作りであろう「飾り物」が置いてあります。それがちょっとしたメッセージも添えられていて、しかも季節折々変わるのです。これが水戸駅での私の楽しみにもなっています。

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これは最近のもの。1月から節分仕様になっています。メッセージは「今年もみな様に沢山の良い事がおきますように」新春に嬉しい言葉です。

 

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11月22日撮影。雪と冬の草木をイメージしています。「何も咲かない冬の日は下へ下へと根を生やせ」風水のような言葉です。

 

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9月22日のもの。秋の菊とさつまいも。「ダイヤモンドと年の数は大きいほど良いかと・・・。人生のゴージャスな先輩方、秋の始まりです。明るくはつらつとお過ごしください」というメッセージがお気に入りです。

 

これらはトイレの清掃をしている方たちがつくっているものです。清掃という仕事に「飾り物をつくる」というものはたぶんないと思います。置きっ放しの置物ではなく、ある期間ごとにつくり変えています。これをつくるにも手間はかかっているでしょうし、心ない人は壊してしまうようなこともあるかもしれません。そもそもメインの仕事である清掃の仕事のほかの時間を使って用意しているのでしょう。

なぜこれをつくっているのか、インタビューしたことがあるわけではありませんから推測ですが、「トイレを使う人たちに綺麗なトイレを用意するだけでなく、もっと気持ちをすっきりしてもらいたい」という願いが、「仕事の質」を変えているのでしょう。

「誰のために仕事をしているのか?」この問いを持ちながら仕事に向き合うことをしてみても良いかもしれませんね。

リフレームしてみよう!

評判のいい皆さんこんにちは!

 

意識を変えるには言葉を変えるということでした。
しかし言葉を変えるといっても言葉を簡単には変えられません。

それは「いつもの自分のパターン」が反応するからです。いつものパターンとは「無意識」の「体験」です。脳の三層構造でいえば一人称の本能や二人称の性格というようなものです。これらの思考が悪いわけではありません。これらの思考が引き起こす不健全な言動が問題を起こすということに気づくことが大切です。

事実は変わりません。事実をねじ曲げて良い言葉を使おうということではありません。事実は事実のまま受け容れながら「意味」を変えてみることはできませんか?ということが「リフレーム」です。

 

こんなシュチュエーションを思い浮かべてください。

コップに半分の水が入っています。あなたは喉が渇いていて無性にこの水を飲みたくて仕方ありませんが、水はコップの容量いっぱいに入ってはいません。

このときに「コップに半分の水が入っている」という事実に対して、どのようにとらえますか?

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「半分しか水が入っていない」のか「あと半分も水が入っている」のか、二通りのとらえ方があるのではないでしょうか?どちらが良い悪いということではありませんが、前者は事実に対する不満を感じていて、後者は事実に対する感謝を感じているという違いがあるのではないでしょうか?

事実に対する「不満や怒り」を「感謝や喜び」に「意味を変える」ことが「リフレーム」の効能です。

 

まずは使ってみるために事例をあげますね。

 

 気が小さい←→慎重である・謙虚である
お節介←→思いやり・親切
暗い←→深みがある
口下手←→純朴
信念が無い←→柔軟
優柔不断←→優しい
倣慢←→リーダーシップ
大雑把←→大らか・寛大
理屈っぽい←→探究心旺盛
完壁主義←→徹密な感性・探究心旺盛
頑固←→腹が据わっている・信念がある
しつこい・くどい←→念入り・慎重
冷たい←→クール・情に流されない
ケチ←→倹約・経済観念がしっかりしている
頭が固い←→律儀
仕事人間←→勤勉
わがまま・自己中心←→自分の意思をはっきり伝えられる
すぐ力ッとなる←→感情が豊か
威張りたい人←→指導的な人
礼儀を知らない←→頑健な個人主義
あつかましい←→率直である
自慢屋・自惚れ屋←→自信がある
自己主張が強い・自分勝手←→はっきりしている
ヘソ曲がり←→独自性がある
ゴマすり←→協力的な人
そそっかしい←→動きが早い
無駄使い←→気前がいい
キザ←→おしゃれ
頼りない←→物腰が柔らかい・優しい
のろま←→思慮、深い
腰抜け←→柔和
相性が悪い←→相補関係にある

 

いかがでしょうか?

リフレームは自分に対する効能の他にリフレームを使って言葉をかけた相手にも効能があります。それは「承認」です。否定的な工場よりも肯定的な言葉をかけられたことになるわけです。

簡単に使えるようにはならないと思うかもしれませんが、やってみたら簡単です。素晴らしい人間関係をつくるリフレームにLet'sトライ!

「リフレーム」で意識を変える。

評判のいい皆さんこんにちは!

 

 意識が言葉を変え、行動を変え、現実を変えることは明かですが、実際には言葉を変えるということがなかなかできないことですね。

目の前の現実はつらいこと、苦しいこと、うまくいかないことなのに、言葉を変えて、やりがいがある、挑戦のしがいがある、チャンスがやってきた!とは言えないということです。

現実の出来事は変わりません。熱いお湯が「冷たい」わけはないし、 冷たい氷水が「熱い」はずはありません。

しかし熱いお湯に手を入れてもやけどをするだけで、自分にとってのメリットないけれど、熱いお湯で入れたコーヒーを飲むことができたら、冷えた体を温めてくれたり、リラックスさせてくれる「ありがたいお湯」になります。

このように現実の「熱いお湯」は変わらなくても、「熱いお湯」が自分に不利益を被るものにするのではなくて、自分にとって意味がある存在にすることができたら、嫌な対象が好きな対象に変えられるのではないでしょうか?

このことをNLP(神経言語プログラミング)では「リフレーム」といいます。その対象の出来事に対する「意味」を変えてあげるのです。

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         ↓

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アドラー心理学によれば「人間にとっての悩みは対人関係の悩みである」と言われます。「嫌いなあの人」もリフレームすることで「好きなあの人」に変えることができるということです。

例えば「すぐ怒る人」は「とても感情の動きが激しい情熱的な人」にリフレームすれば肯定的な表現に変わります。出来事は変わらなくても、自分がリフレームして意味を変え肯定的な表現に変われば、現実に対する自分の見方が変わります。

少しチャレンジすることはできそうですか?

 

「意識」を変えるには「プラスの言葉」を使う。

評判のいい皆さんこんにちは!

 

 

脳は元々マイナスのことを考えるようにできています。それが人間です。人間には危険を回避する能力としてマイナス思考が備わっています。

は虫類は「生か死か」の世界でした。は虫類脳のまま生きるためには攻撃をしかけるしかないですが、ほ乳類は二択を始めました。「攻めるか逃げるか」です。マイナス思考が働いてきたから人類が生き延びてきたのも事実です。原始時代に遠くから少しずつ地響きが聞こえてきたときに、「もしかしたらマンモスがくるかもしれない、逃げろ」とマイナスをチェックする機能を持っていたから命を守ることができたのです。例えば人間関係でも自分にとって安全な人や気が合う人は近くにおいておこうとしますが、反対に嫌な思いをさせられた人や好意を持っていない人からは遠くに離れたいと逃げようとすることもよくありますよね。危険を避けようとする機能があるからそのようなことを今でも日常でやってしまっているのです。

 

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このように人間はマイナス思考が危険回避能力として備わっていますが、マイナス思考のままでは人間脳が機能しません。「誰とでもうまくいくわけがない」「みんなで平和に生きることができるばすがない」という言葉を発してしまいます。マイナス思考が悪いわけではありません。人間はそのように生きてきましたし、不健全なは虫類脳が働きます。

しかしそれはそれとして脳を動かすという観点ではマイナスの意識があるとうまく機能しませんので、マイナスの意識をとるようにトレーニングを積んでいく必要があります。

どのようにするかというと「マイナスの言葉をプラスの言葉に変える」トレーニングです。「人間脳は意識を言語で表す」ということでした。マイナスの意識でいると言葉もマイナスの言葉を使ってしまっています。ですからプラスの意識をプラスの言葉で発することができるようにトレーニングをしてみましょう。

でも実際にはマイナス言葉をいつも使ってしまっています。よく使っている言葉で「無理」「難しい」という言葉があります。「無理」「難しい」といってしまったらそのことはその人にとって「無理」「難しい」ままです。「うざい、かったるい、めんどうくさい、あいつが悪い、こいつがきらい・・・」このような言葉も実はマイナス言葉だということです。私たちは考える時には言語を使って考えています。これらを口に出して言うか言わないかに関わらず、何かが目の前にきた途端に「無理」とマイナスに考えたときにそれを打開する行動をするわけがありません。


このような言葉をそのまま放置していたら何事もうまくいかなくなってしまうかもしれません。素晴らしい力が本当はあるのに自分で無理だと思ってしまうわけです。うざいと言っていたら自分のやること為すこと全てがうざくなってしまいます。自分でうざいと思って可能性を手放してしまいます。

でも人間の脳はプラスに考えたらそのように動きます。挑戦しようとしたことがないのに「自分には無理だろうな」と考えてしまっていることがたくさんあります。でもやってみたらできることもたくさんあるはずです。「やる」という決意を持つことです。脳は言葉にすることで思考に変わり行動に変わります。プラスの決意をプラスの言葉として「やる」と口に出したら意識も「やるのだ」と考え出すのです。

プラスの言葉を使うトレーニングをしてプラスの言葉を使うということです。もちろん生きているうちはいいことばかりではないことも事実です。大変なこともたくさんあります。大変だというマイナスの事実を否定してプラスの言葉を使いなさい、ということではありません。そしてマイナスの言葉を使ってしまうことを責める必要はありません。


脳には「最後に使った言葉」が残るといわれています。ですからマイナス言葉を発したとしても、語尾を変えるだけでもプラスに変わります。「大変だった」という言葉を使うなら、語尾をプラスの言葉にして「大変だったけどすごい勉強ができた」と言いましょう。難しいことがあっても「難しいけどやりがいがある」と言うことはできそうではないでしょうか?

 

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マイナスの言葉を言ってしまっても、すぐにそれに気づいて「語尾をプラスの言葉でしめる」というトレーニングをしてみても悪くないと思いますがいかがでしょうか?

 

「意識」=言語、「無意識」=感覚。

評判のいい皆さんこんにちは!

 

人間脳は意識を言語化して動き始め、自分の行動を変え、現実を変え、未来を変えて行くことができます。ここがは虫類やほ乳類と決定的に違います。は虫類やほ乳類は意識を変えることはできません。ありのままの現実に対して、本能や性格で立ち向かうしかありません。死への恐れから逃れるために先制攻撃をしかけ、二択で選び取ることを手に入れたのに、は虫類やほ乳類は現実の環境に対応できず、結果として死んでしまうことになります。人間はそうではありません。死への恐れから逃れるために意識を変え、言語を使い、みんなで幸せに生きる、ということができるのです。

しかしそれが理解できたとしてもなかなかその通りにできません。「意識を変える」ということが難しいものだと考えてしまうのです。

 

 

「禁酒をしよう!」「禁煙しよう!」「ダイエットしよう!」という目標を立てたことがある人も多いと思います。しかし多くの人が途中で挫折してしまった経験をお持ちではないでしょうか?

 

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「禁酒」を例にすると、「禁酒しよう!」と決めるときには、「禁酒したい」という意識が働き、言葉を発するかどうかは別として「禁酒しよう!」と言語化しています。しかし夜眠れなくなったときや、飲み会の席でノンアルコール飲料だけでは物足りなくなったとき、「禁酒しよう!」という決意よりも、勝手に体が動いて「つい飲んでしまう」ことになります。つまり「分かっちゃいるけどやめられない」という状態ですね。

 

いったんは意識を言語化しているのに、無意識に体がお酒を欲しがって反応してしまっているのです。お酒を飲んで気持ち良くなっているときの「感覚」が、意識を言語化した決意よりも勝って、本能で無意識にお酒を飲んでしまうのです。「禁酒」「禁煙」「ダイエット」などは、まんまとこのパターンにはまりますね(笑)

 

一説によると意識よりも無意識の方が20倍から2万倍も働くともいわれます。無意識のとは「頭が働いていないとき」と考えるとわかりやすいのですが、「ぼーっとしている」ときの方が身体の感覚に敏感になっています。

学校の試験などで、試験に集中して意識を向けているときは、頭は使っている感覚はありますが、体がどのようになっているかを感じることはあまりありません。しかし試験が終わってから「どっと疲れた」と感じることがよくありませんか?意識を向けて頭を使っているときよりも、意識が和らいで無意識のときの方が身体の感覚がはっきりとしています。

このように「意識」=「言語」、「無意識」=「感覚」の区別を知っておくと自分の行動をより理解できるようになります。

 

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「感覚」は多くの場合「体験」が元になります。「気持ちが良かった」「楽しかった」「面白かった」や「気分が悪かった」「むかついた」「怖くて恐怖だった」という感情に触れたものが体験です。

ここでポイントなのは「感覚」とは「体験」そのものよりも「どのように感じたか」ということの方が大きいということです。事実の「出来事」よりも「感じ方」の方が人間にとってインパクトを残すということです。この「感じ方」が人間の「無意識」に影響を及ぼすのですね。

 

「禁酒」の例も、「お酒を断って健康な身体を取り戻す」という理想よりも、「お酒を飲んで気分よく楽しんだ思い出」の方がより鮮明に体験として残っているから、本当に実現するかどうかわからない未来の理想よりも、もう一回あの体験を得たいという無意識の「感覚」が勝るということです。

 

いや~、確かに気持ちが良かった体験は繰り返し得たいと思います。でもこれでは人間変わりません。同じことの繰り返しになってしまいます。この罠にどのように向き合っていきますか?